トランスジェンダー追悼の日

  こんばんは、お久しぶりの投稿です。名前もキャラも変更しての第一号。

  今日11/20は私にとっても、そして世界中のLGBTQIA+。主にトランスジェンダー。多くの人の特別の日でもあります。

  1998/11/28。アメリカマサチューセッツ州でトランス女性のRita Hester(リタ・ヘスター)さんがトランスフォビア(嫌悪)を理由に何者かに彼女のアパートで惨殺され、犯人はいまだに捕まっていない。そういう痛ましい事件が起きました。その事がきっかけで、グウェンドリン・アン・スミスさんがその殺害されたトランスジェンダーの女性のリタさんを称賛するため、そして、同様の嫌悪犯罪によって殺害された人、または自殺を余儀なくされた方々を追悼するため、またトランスジェンダーの尊厳と権利についてアピールする為に、1998年に制定されました。

  今は11/20にその日が正式に制定され、200ヵ国などで使用されています。また、トランスジェンダー意識週間は14~20の週ということです。(Wikipediaより参照)

私も、この日は特別に自身もトランスジェンダーなので、考え、追悼を捧げています。

私は今日特に考えました、自分はこのトランスで産まれたことを、最初はすごく嫌悪してました。誇りにも思っていませんでした。しかし、今日この特別な日を借りて、改めて考えてみて、、、

私より先代の同じ悩みを持っていた方々。そして、リタさん。その人たちは自身に誇りを持って生きていらっしゃって、最後の最後まで訴え続けて、亡くなっていった。その人たちはみんな自身が不完全だったとしても、その不完全を受け入れて、それでもこの世に生きていていい。むしろ同じ人である。私は私なんだと。強い誇りを持って生きていらっしゃった。

そんな先代の皆様のおかげで今堂々とまだ生きにくくはあるけど、それでも昔より格段に生きていける。その人たちの活動がなかったら、今の私はいなかった。

私は自分自身に誇りを持てているだろうか。自分自身のことで嫌悪して誇りも持たずに、こんな意味のある身体を授かったのに、誇りも持たないで自分のなかだけで争ってる場合はあるのか。自問自答をしました。そう考えたとき、私はすごく嫌悪していることが、先代の皆様にとても申し訳なく思いましたし、その人たちや自分を否定することがバカらしく思えてきました。自分の事に誇りをもてなくて、例え不完全でも、不完全にも意味があって、トランスジェンダーであれ、なんであれ、完全な人なんていないんですよね。それぞれ個々が不完全で、その不完全に気づけていること。そして不完全であっても、だからこそ、出来ることがある。

 私は今改めて思うと、トランスジェンダーとして生まれてきたことに意味があって、だからこそ、この自分にしか出来ないことがあるから、先代の方々やこれまで沢山訴えかけてくださったお陰で、今の自分があること、だからこそ、私もトランスジェンダーの女性として、訴えていかなければならないんじゃないか。

  今回、この日を通して、あらためて、考えることができました。

これから同じ悩みで苦しんでいる人が少しでも自殺をとどまって、当たり前の生活、ありのままの姿や生き方を選べるように。

  トランスジェンダーの自殺率は極めて高く、話によるとおおよそ9割が自殺を行ってしまう、LGBTQIA+の人たちはとてつもない自殺者が年間でも出ています。それが本人の嫌悪感以外にも周りからの偏見や好奇の目、そして差別によって自殺を余儀なくされる。また、リタさんのケースのように惨殺をされてしまう。

  同じ人なのに、おかしいと思いませんか?この日を通して、少しでも多くの人が、この日を知ってくれたらと思い、今回こういうブログを更新しようと思いました。

この日が少しでも多くの人に知ってもらい、考えたことがなかった人も、当事者も、そうでない人も、少しでも考えるきっかけになってくれればと思います。

いつかこの日が必要となくなる事が私は切に願っています。ですが、亡くなった人たちが今も増え続ける中、その未来は来るかわからない、来るとしても程遠い。だからこそ、私一人ができることなんて限られていると思いますが、これから不定期ではありますけど、こうやってブログなどでお伝えできればと思います。


ひろかのOne House

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